囲碁が脳を進化させる ―(第3部)介護に見る囲碁の可能性 ―

目次

はじめに


ご覧いただきありがとうございます。棋士の囲碁スクール 依田太陽 と申します。

高校卒業後から「こども囲碁サロン」で囲碁を教えて、今年で6年目になります。毎週たくさんの子どもたちと接し、講師ながら毎回こどもたちに元気をもらっています。


この記事は『囲碁が脳を進化させる』全3部の最終・第3部です。第1部では教室のこどもたちの姿を、第2部ではそれを裏づける研究や有識者の言葉を書いてきました。最後は、高齢者・介護の現場です。きっかけは、私の祖母でした。


1. 祖母が入っている施設で、ふと目に留まったもの

私の祖母は、今ある介護施設にお世話になっています。何度か訪れていますが、施設はとてもきれいで広く、職員の方々の目が行き届いていて、本当に申し分のない環境です。祖母も快適そうに過ごしていて、家族として心から感謝しています。

その施設を訪ねたとき、ふと目に留まったものがありました。入居されている方が描かれた「お絵描き」のような作品が、展示されていたのです。おそらく、脳の体操の一環として取り入れられているのだと思います。それを見て、私の頭にひとつの考えがよぎりました。


2. 介護の現場で実施されているレクリエーション

介護やリハビリの現場では、塗り絵・折り紙・積み木といった、いわば「こどもに広く親しまれる遊び」が、脳の活性化や認知症予防を期待して広く取り入れられているみたいです。

たとえば塗り絵は、絵の形を認識して色を選ぶ“考える作業”と、色鉛筆を持って塗る“手を動かす作業”を同時に行うため、脳がとても活発に働くとされています。折り紙も、手指を使いながら手順を考えることで、脳の活性化やリハビリにつながると言われ、誰でも取り組めて達成感が得られる点から、レクリエーションの定番になっています。

こどもの脳を育てるとされる「考える・読む・比べる・手を動かす」という働きは、高齢者の脳を健やかに保つためにも、同じように大切にされているのです。前頭前野をはじめとする脳の働きは、こどもも高齢者も地続きなのだと、私は感じました。


3. ここに、囲碁の可能性があるのではないか

とはいえ、老後にもなって、「今更積み木?」という感覚になるのは自然。飽きもくるでしょうし、失礼を承知で、「なにをやらされているんだろう」という感覚になってもおかしくないと思います。


ここに囲碁の可能性があると、私は確信してます。


塗り絵や積み木が「遊びながら脳を使う」ものなら、囲碁はまさにその王様のような存在です。

何手も先を読み、一手一手自分で考えて打ち進める。しかも、相手がいて、会話が自然と生まれる。塗り絵や折り紙が一人で完結しがちなのに対して、囲碁は「考える脳トレ」と「人とのコミュニケーション」を同時に満たせます。第2部で紹介した、囲碁が前頭前野を働かせるという話は、こどもだけのものではありません。高齢者の脳の健康にも、囲碁は大きな可能性を持っているはずです。


4. 「健康麻雀」の成功が、道を示している

その可能性を考えるうえで、私がとても勇気づけられる前例があります。麻雀です。

かつて麻雀は、「賭け事」「お酒」「たばこ」といった、あまり良くないイメージと結びついていました。ところが近年「健康麻雀」として、シニア層を中心に大人気になっています。自治体が主催・後援する大会が各地で開かれ、認知症予防の脳トレとして、老人ホームでも取り入れられるようになりました。

イメージの面で逆風があった麻雀でさえ、ここまで愛される頭脳ゲームになれた。だとすれば、もともと“品のある知的なゲーム”という印象を持たれている囲碁が、介護や健康づくりの現場で広がっていく余地は、十分にあると思うのです。


5. 介護施設で囲碁を教える、あるプロ棋士の話

実は、こうした取り組みを実際に行っているプロ棋士がいます。運よく、その方に直接お話を聞くことができました。月に一度、介護施設に出向いて入門講座を行っているそうです。

その方に現場のようすを聞いてみると、教え方がこの一年で少しずつ変わってきたといいます。はじめのころは大きな碁盤(大盤)を使って基本のルールを説明していたそうですが、今はあまり大盤を使わず、小さな9路盤を囲んで受講者の方と直接対局するスタイルになってきたとのこと。「わからなくても、とりあえず石を置いてもらうのが一番いい」――それが、実際に教える中でたどり着いた答えでした。

通っておられる方の中には、囲碁の経験がある方もいれば、まったくの入門から始めた方もいます。月に一度なので、前回やったことを忘れてしまうのは仕方ない。それでも一年ほど続けるうちに、「相手の石を囲めば取れる」とわかってきた方や、「アタリになった自分の石を、相手の立場も考えながら逃がす」ことを覚えてきた方が出てきたといいます。一手ずつ、たしかに前へ進んでいるのです。

そして、その方がいちばん嬉しそうに話していたのは、受講者の反応でした。「難しい」「わからない」と言いながらも、皆さん考えて打つこと自体を楽しんでくれている、と。夢中で囲碁に取り組むこどもたちの姿と、どこか重なって見えました。

こどもに囲碁を教える私と、高齢者に囲碁を届けるその棋士。立場は違えど、囲碁が人生の両端で脳を支えうることを、それぞれの現場から感じています。


おわりに

囲碁は、まだ2歳の赤ちゃんですら夢中になれて、人生の大先輩が脳の健康のために楽しめる ― それほど間口の広い習い事は、そう多くありません。

こどもの知育として、そして高齢になっても脳と心を生き生きと保つものとして。私は、いまだに知らない囲碁の可能性を探るとともに、囲碁を楽しみたい・必要としている人はもちろん、棋士や囲碁界に携わる人にも価値を提供していく責任を感じています。


この記事で参考にした資料

  • 介護求人ラボ「認知症予防にもなる!介護のレクで塗り絵を取り入れよう」
  • 求人あるある「高齢者のリハビリにおすすめの簡単な折り紙製作4選」
  • J-CASTニュース「健康麻雀『飲まない』『吸わない』『賭けない』の『3ない』で認知症予防にリーチ」(2015)
  • ドーミーシニア「認知症予防!多くの効果が期待できる『健康麻雀』」

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